カテゴリ:看病日記( 27 )


2008年 03月 25日

転院のお時間です

ママンの退院の話はなくなってしまった。本人が転院を希望したためである。家にいるより病院にいる。そちらを選択した。

理由は単純である。わたしとママンは二人暮らしである。わたしが仕事に行くと、ママンはひとりになる。話す相手もおらず、ひとりで家にいる。それに、それほどの価値があるだろうか。ヘルパーさんは短時間しか家にいられない。病院なら誰かがいる。

医師や看護師から「今は体調が安定しているが、それがいつまで続くかわからない。帰れるうちに帰ったほうがいい」と何度かいわれた。それでもママンの意志は変わらない。

わたしとしても、何度か頭のなかでシミュレーションしてみたが、やはり家に帰ることにメリットがないのだよな。。。孫でもいれば話も変わるかもしれないが、残念ながら、わたしは独身で子供もいない。ひとりでベッドから汚れた天井を見て楽しいのだろうか。

というわけで。転院である。ママンの意志は固く、わたしもそれを翻意させるだけのカードを持っていない。

病院から電話が掛かってきた。「子供さんはお仕事で病院にこれませんよね? お母様に場所や環境など転院先の希望をうかがたいのですが、よろしいですか?」ママンの意向は何よりも優先する。むろん、わたしに異論はない。「それで構いません」

その日、ママンの病室におもむき、希望の確認をした。「自然の多いところ」がいいらしい。緑の好きな人だからな。きれいな景色を見たいのだろう。

そして、今日、転院先の希望をママンに聞きに来たらしいのだが。。。ママン曰く「午前中しんどくてなー、起きれなかったんよ。だから、希望いわれへんかった。またくるっていってたわ」

ふーん。そうなったか。やはり、わたしが来たほうがいいのかな、と思った。看護師さんが話があると伝言を受けたので、ナース・ステーションに向かう。

看護師さんの話は「今日、転院担当の人間がお母様に希望をお伺いしたんですが、体調が悪くてお話が出来ませんでした」うんうん。その話なら聞いたよ、とうなずいていると、次の話でびっくりした。

「こちらで転院先を探すための手続きをすすめました。それで構いませんよね」

は? いーわけねーだろ。

正直なところ、これは驚いた。希望を聞くといっておきながら、少し体調を崩して話が流れただけで、勝手に話を進める。それはないだろ、いくらなんでも。病人なんだから返答できないこともある。それに一回しか聞くつもりがないのなら、わたしを呼べよ。

ハナから勝手に探すというなら文句をつけるつもりはないのだが、希望をきくといっている以上、きいてもらわなければ困る。約束をたがえるな。

治療ができない状態である。入院期間も長い患者である。金にならないからさっさと転院させたいのはわかるが、あからさまな態度がムッとした。

看護師さんは末端の人間なので、なるべくキツい物言いをしないように注意していたが、さすがに頭に来たので、かなり強い口調で抗議した。たぶん、病院に対してクレームをつけたのはこれが最初じゃないかな。

とりあえず、ママンから聞いていた希望を伝える、という話でまとまった。とはいえ、ママンを受け入れられる先はあまりないらしいけど。

転院ねー。転院。出ていく患者には病院って冷たくなるのかしらね。別にわたしらが転院したいといったわけじゃないんだけど。

なーんか、こういうあからさまな態度が見えると「おうちに帰ったほうが~」と強く薦めていたのも、本人のためを思ってというより、転院先を探すよりも家に帰らせたほうが早いからって感じがするね。そういえばそのときの話も「わたしが点滴を覚えたら退院」という速さ重視の解答だったな。考え過ぎかな。。。

今まで病院の印象はそれほど悪くなかったんだけど、かなりガッカリした。まー、営利組織といえば営利組織なんだけどね。。。
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by netnetnet_78 | 2008-03-25 00:05 | 看病日記
2008年 03月 11日

退院のお時間です

ママンは食事が摂れないので点滴で栄養を補給している。というわけで、点滴を断つと死んでしまうわけだ。

そんなわけでママンは死ぬまで病院にいるしかない。

でもないらしい。自宅で点滴をうつ。それがたったひとつの冴えたやりかた。点滴は誰がうつの? 不肖、わたくしオニミキがうつらしい。

ママンは病状に回復の見込みはなく、今は治療をしていない。体力の回復のためにリハビリをしているだけ。そんな状態では病院にこれ以上残るのは無理らしい。

退院のタイミングもママンの体力が回復したらとかではなく、わたしが点滴を覚えたらだそうだ。なんとまあ。

「そ、そんな! こんな枯れ木のようにやせ細った腕の母を! 自力では立ち上がることもできない母を! 病院は見捨てるというんですか! あなたたちはお金さえ稼げればいいんですか! 患者や家族たちの気持ちを考えているのですか!」

と、ブラックジャックによろしく、みたいなことはいわない。そんなものだろう。別にボランティアでやっているわけでもなく、営利組織なわけなのだから、それはそれで仕方がない。

それにまー、別にわたしが引き取れない、看病が回らないのなら転院先は紹介してくれるそうだ。本人の意向が自宅に帰ることなので、わたしが面倒を見るけどね。

一日に最低8時間はうってくださいとのこと。わたしは点滴をセットして、その薬液が流れるように調整し、テープで固定して、終わったら後片付けをする。今日、一連の作業をじっくりと見た。ふうむ。マスターすれば看護師レベル1になるかもしれん。点滴って別に免許いらないのね。

今週の土曜日に練習にいく。まさか点滴をセットする日がくることになろうとは。これは想像したことがない。ママンは「お前にできるのか」と心配していた。ふはははは。任せたまえ。お見舞いの間に看護師さんの作業はすでに目に焼きつけている! たぶん。

退院なんてまだ先のなかなー、タイミングはいつなんだろうなー、とか思っていたら、いよいよ来るようだ。本人の意向にそうためにできるだけのことはしてみよう。
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by netnetnet_78 | 2008-03-11 23:57 | 看病日記
2008年 03月 04日

ママンの一時帰宅と決断

先日の日曜日、ママンは家に戻った。確定申告をするためである。

一ヶ月ほどの寝たきり生活で落ちた体力を取り戻すため、歩行のリハビリをしている。どこまで回復しているか。それを試す場でもある。

おおざっぱな様子では以下の通りである。
・普通のタクシーに乗り、座ってままでいられる
・支えがないと歩けない。無理に歩くとよろける
・しゃがみ込むとひとりで立てない
・イスに座るのが一番ラク。

うーむ。。。なるほど。筋力がかなり劣化している。それはあんなに寝込んでいたら、こうなるわな。

妖怪長屋同然のわが家にバリアフリーの概念はない。玄関にはひざ近くまである高い上がり框がそびえ立つ。萎えた足には厳しいだろう。部屋は和室で普通に座るには腰を落とすしかない。座れば自力では起き上がれない。

ママンは低い食卓に座った。「イスが欲しいけど、ないからここに座る」。ふーむ。どうやらイスを買う必要があるらしい。

布団では起きがれないのが確定したため、ベッドも必要である。ベッドだと起き上がれるのか? と思われるだろう。起き上がれるのだ。ベッドには補助の棒が取り付けられるので、それをつかめば可能だ。加えてベッドは高さがあるので、足を横におろすだけで、ベッドに座った状態になる。

最近はバリアフリーについて考えることが多い。体が不自由な人には西洋風のほうが便利なんだなー。洋風は腰が高い位置にある生活スタイルなので、足が不自由でも使いやすいのだろうな。

必要な書類をかき集め、ママンは病院に戻った。ベッドに横たわり一言「疲れた」とつぶやいた。看護師さんが現れて体温をはかると微熱が出ていた。本当に疲れているようだ。

ママンが病院から出るのは一ヶ月ぶり。ベッドから一歩も動かない生活を2~3週間も続けていたのだから、この疲労は無理もない。

体力の徹底的な衰えを自覚したママンはある決断をした。

以前、気の高ぶったママンが『点滴用のチューブを体に埋め込む手術』を強行にこばんだという話を書いた。あのあとも医師からは何度かすすめられていたのだが、ようやくそれに同意した。

本人曰く「あのころはまだ錯乱状態であんまり記憶がないのよ。今はしてもいいと思うんだけど。。。」といっていたのが、ようやく実現する。

肘から心臓付近の太い血管まで管を通すという物騒な手術だが、内容自体はたいしたことないそうで、40分ほどで終わった。

「分娩室で手術します」といわれて驚いたな。分娩室!? 部屋が広いからだそうだ。ママンを「よかったな。また分娩室に入れる機会があったよ。生涯最後だろうから堪能してくるがいい」と軽口で送り出す。いくら何でも、この年齢で分娩室にはもういかんだろ。

分娩室の前で待っていてくださいといわれたのだが、何かここにはいてはいけない気がしたので、病室で待つことにした。なんかねー? 女の戦場って感じじゃない? 妊婦と病院関係者以外は立入不可! みたいな。

手術が終わって分娩室につれていかれる。何げに生涯二度目の分娩室である。一度目はなんだって? 産まれたときですYO!

ママンは元気そうで「全然イタくなかった。こんなんだったら、もっと早くやっておけばよかった」といっていた。まことに重畳。

これで明日から、栄養価値の高い点滴を打てるようになる。看護師に確認すると、普通のよりも3倍は強いそうだ。きっと色は赤いのだろう。

これでママンの体力が少しはマシになればいいんだが。
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by netnetnet_78 | 2008-03-04 22:07 | 看病日記
2008年 02月 29日

ママンと介護認定

ママンの介護申請をした。介護の認定というものは、介護の認定をおこなう人がきて話を聞き、それから一ヶ月後に等級がいいわたされるらしい。

今日はママンのもとに介護の認定をおこなう人がくる日である。わたしも同席するために病院に向かった。

ママンはかなり元気である。元気というのはいいすぎか。動きはニブイのだが、たいていのことは多少の介助だけでやれてしまう。

嬉しい状態なのだが、これはこれで困る。

介護保険には等級がある。等級が上がると、受けられるサービスが増え、適用される保険料の限界が増える。等級は自活能力が低ければ低いほどあがる。

すなわち、元気だと問題があるのだ!

病室でママンと話していると認定をする人が現れた。げ! マズい! ママンはベッドに「座っている」。初見は寝たままのほうが「弱っている感じ」がでないだろうか?

ママンは同室の人に遠慮して別室での質問を希望した。わたしを置いて、点滴をひっかけた歩行器に体を預けて部屋を出て行く。ああ、ママン。そのあるきっぷりは元気すぎr

ママンは認定士の質問にハキハキと答える。うーむ。シロウトのわたしが聞いても自活能力が高い。これは、あまり高い等級はとれないな。。。

「今日は何日ですか?」「うーん。何日かなー。。。3月1日?」惜しい。今年はうるう年だw 2月29日にするには絶妙のひっかけ問題である。

終わってから、認定の人に訊いた。「こういう質問は答えられないかもしれませんが、だいたいどれくらいになりそうですか」

やはり答えにくい質問のようだが、なかなかいい人で「たぶん」と前置きして答えてくれた。「要介護1です。2は微妙なところです」

1だと電動ベッドが対象外になるらしい。トホホ。ママンは電動ではなくてもいいけど、ベッドは欲しいそうだ。ふーむ。購入を本格的に検討しようかな。どうせ買うなら電動だな。わたしが末永く使ってやろう。

介護認定は「調査にきた日」のみを基準とする。実はママン、一週間後くらいに太い点滴用のチューブを埋める手術をする。それは介護のポイントに含まれるので、同席した看護師さんがその旨を伝えたところ「今だけが問題ですので、将来的なものは含めないんですよ」とのこと。

妥当である。あれもこれも手術予定だといえば、いくらでもポイントが稼げてしまう。今の現状だけ。それは厳しくて融通が利かないけど正しい。

その対策として「再審査」という方法がある。もう一度、認定を受け直せば、再び等級が見直される。問題は、いちいち審査のたびに30日かかるということだ。

介護の認定ごときに30日。。。体調が崩れたからと申請して、認定された日が葬式の日だった、なんて笑えるようで笑えない話もあるらしい。

ここをスピードアップして欲しいものだ。30日のリードタイムは民間じゃ致命的だろ。みなさんも介護保険を申請する場合は早め早めに。忘れないでね!
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by netnetnet_78 | 2008-02-29 23:35 | 看病日記
2008年 02月 18日

ママンの近況

先日ママンがナーバスになったと書いた。土日月と見た限りでは、普通に落ち着きを取り戻している。体は慢性的に痛むようで、鎮痛の効果が薄れたときだけ余裕を失っているが、それ以外は非常に落ち着いている。倒れる前と変わらない。

この鎮痛。前にも書いたように麻薬系なのだけど、劇的な効果に驚く。効果がきれるとママンは眉間にしわを寄せ、痛い痛いとうめいている。それが薬を再投与するとすっと落ち着く。麻薬系は強烈だ。それを投与しなければダメなのかと言葉を失うほどに。

今週からリハビリを始めるそうだ。3週間寝たきりだったので足が萎えている。リハビリですぐに歩けるようにはなるらしい。本人も前向きなので問題はない。ママンの確定申告の紙が来ていて、わたしに記入の指示をするための一時帰宅に向けてがんばっている。

確定申告に必要な資料はだいたいどこにあるか想像がつく。病院にもっていけば帰宅せずに説明できるだろう。でも持っていかない。ママンは一時帰宅の口実を欲しがっていたから。ママンがそれを励みにがんばれるのなら、そういう提案はしない。

ママンは家に帰りたがっている。主治医はいった。「今の調子なら退院も可能でしょう」

とはいえママンが家に帰りたい理由がわからない。病院にいれば看護師さんが1日に何度か部屋を訪れて声をかけてくれる。呼べば来てくれる24時間看護体制である。たいていのことは愛想良くしてくれる。

家に帰ってきたところで体はろくに動かないし、わたしは仕事にいって家にはいない。日中はひとりでいなければならない。

ママンはテレビを見るくらいの趣味しかないので家でもテレビを見ているだろう。でもそれは病室でもできる。食事は摂れない状態なのでどこでも変わらない。病院には毎日通っているので、わたしと会えないことはない。

それでも帰りたいようだ。

であるなら、その要望に応えるのが看取るものとしての姿勢だろう。そんなわけでどうすればいいんだろうと考える。

主治医から提案されたのは「介護保険を申請してヘルパーさんを頼んではどうか」。

ママンの年齢ではまだ受給できないようだが、特定の病状の場合は可能となる。お役所が噛むので申請してすぐに使えるものではないそうで、どうしても1~2ヶ月は必要になるらしい。みなさんも覚えておくといい。

主治医はいった。「今は元気でも、いずれはひとりでできなくなるときがきます。子供さんにも仕事がある以上、介護は必要でしょう。申請は今からしておくべきです」

今はまだ寒い。「帰ってくるなら3月後半にしなよ」といった。ママンはいつまで生きられるかなと答えた。いずれママンは帰ってくるだろう。これが最後の家での暮らしになる。わたしに何ができるのか。今からそれを考える。
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by netnetnet_78 | 2008-02-18 23:22 | 看病日記
2008年 02月 13日

さくらん

アイスの購入を間違えたくらいで激怒するのが妥当かどうかはともかくとして、ママンが看護師さんの発言にキレたのは多少異常なところがある。ママンの性格上は妥当かとも思っていたのだが、どうもそうではないらしい。

そう。認識が甘かった。

今日は担当医に呼び出されていたので、会社を抜けて病院に行く。看護師とママンの会話が聞こえてきたので、外で待つ。会話が終わって出てきた看護師さんと目があう。看護師さんがシリアスな顔でいう。

「記憶が混濁しているんですかね。。。ちょっとナーバスになっています。子供さんとも距離を置きたいとか。。。」なんなんだその急展開は。この時点では、毎日きているから息苦しいのかな程度に考えていた。

担当医が病室にやってきて、ママンと一緒に説明を聞く。ママンは食事が摂れない状態なので点滴で栄養を摂っている。ただし、それではカロリーが足りないらしく、強力な点滴を打つ必要がある。その点滴を打つには肘か鎖骨のあたりから管を通す必要がある。

体に管を通す。点滴用なので末端は肌から少しだけ出ることになる。うーむ。ちょっと人体改造っぽい雰囲気。ママンが嫌がりそう。というか嫌だろう。

別に管を通すくらいはいいかと思って、わたしははいはいといったのだけど、ママンが無言のままである。先生は誓約書を残して行ってしまったので、わたしがママンへの意思確認をおこなう。

「内容はきいたかな。かくかくしかじかで。手術するよね」
「いや」

一言で終わりである。そのあと話をするが、だんだんとわたしへの罵詈雑言へと変わっていく。「情けない」「うるさい」「どっかいけ」「気色悪い」。いったいなんなんだ。

ママンは気が強く、他の人に対して攻撃的なところがある。どうもそれを覆っている理性の膜が取れかけていて、敵意がむき出しになっている感じがする。準備をしていないわたしは驚くのみ。突然やすりにでもかけられたかのように、心がじゃりじゃりじゃりじゃりとつぶされていく。つらい。

先日、担当医が「薬の影響でアンバランスになっています」といっていたが、それなのだろうか。単に病気だから気がイラだっているのだろうか。

「帰れ!」「もう二度と来るな!」とママンはキレにキレる。逃げ出したいところだが、わたしはママンに手術を納得させる必要がある。わたしは説明をする。それは感情の叫びでかき消される。

ああ。言葉が通じない。どうすればいいんだ。
押して引いて泣き落としてぼやいて独り言を言って。いろいろやってみてもママンを語り合う状態にできない。どうすりゃいいんだ。

そこに担当医があらわれ、明日の手術のために血管の太さを計ろうとした。ママンは頑として拒絶。担当医はしばらく根気強く説得していたが諦めて「ではやめましょう」と去った。本人が拒絶する以上、医師に手術をする義務も権利もない。それはそういうものだ。

何がママンの心の平衡状態を崩したのか。ナーバスな状態で平時でも嫌という手術の話を聞けばそりゃダメだろう。間が悪すぎる。

その後もママンは悪態をつき続ける。これは間違いなく異常だ。どうしてこんなことになってしまったんだ。心の安全弁みたいなものが壊れている。

ここ数日ママンはたまに変な言動があった。見えないものが見えるといったり、わけの判らないことを口走ったり。数日に1度だから気にしていなかったが、それは徴候だったのか。

わたしには何もできない。だから逃げた。手術をしないことになった以上そこにいる理由がない。「もう二度とくるな!」という言葉に背中をつかれて部屋を押し出される。夕日の差し込む部屋にママンと白紙の誓約書だけが残った。

会話にならないのでママンが何を望んでいるのかよくわからない。言葉を差し出せば暴言で返され、手を差し出せば冷たい瞳でにらまれる。また新しい問題だ。

わたし自身も疲れ気味なので、明日と明後日は病院にはいかないでおく。今日のことでドッと心に疲れが出た。少し間を開けて土曜日に行ってみるつもりだ。問題は、それで落ち着いているか。落ち着いていて欲しい。あんなママンを見るのは忍びない。
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by netnetnet_78 | 2008-02-13 22:22 | 看病日記
2008年 02月 12日

偏屈ばあさん

ママン陛下の食事制限が一部解除され、アイスが解禁になった。「アイスクリームが食べたい」とのたまったので、忠実な下僕としては買いにいくしかない。

というわけで、コンビニにいってガリガリくんを買ってきたわけだが、ママン陛下は激怒なされた。「これはアイスキャンディーでアイスクリームじゃない!」

アイスクリームとは一般的に何をさすのだろうか。由緒正しきWikipediaによると「乳製品を原料として氷らせたお菓子」だそうだ。なるほど。その定義に従うとアイスクリームではないな。

わたしのなかでアイス系の定義があいまいで、かつ、去年末ママンがガリガリくんを欲していたので、じゃあこれでとチョイスしたのだが。

激怒するママン陛下の会話を総合すると「本当はかき氷っぽいのが食べたいんだけど、ないならバニラ系でもいい。キャンディーじゃなくて、スプーンですくって食べるやつがいいんだ!」らしい。

ふーむ。それだけの想いを「アイスクリームが欲しい」にまとめられても。。。解析できないのはわたしの読解力のなさだろうか。修行がたりんな。

看護師さんがその場所にいたので「いやー。なーんか、ちょっと納得いきませんねー」と軽くボヤいてみたら、担当医に「お母さんとケンカしました?」と訊かれた。ビックリしたね。そこまでメモっているのか看護日誌。ヘタなことはいえんぞ。

でもなー。アイスが気にくわないからって、そこまで怒らなくても、ねえ?

で。今日、病院によるとママン陛下はお眠り遊ばされていた。哀れなる下僕としてはそのかたわらに付き添うのみ。

やってきた看護師さんがこんな話をした。「オニミキさんのお母さんね、回復したときに子供さんがずっと付き添っていたんですよ、と話をしたら、涙をぽろりと落としはったんですよ。これはお伝えしようと思っていたんですよー」「へー、そうですかー」

とチョットいい話をしていたら、ママン陛下の目がカッと開いた。「そんな話をするんじゃない。いわなくていい話があるじゃないか」と怒り出した。

もうビックリである。基本的に弱みを見せない人なので、そういうのを暴露されるのを嫌がるのは読めるわけだが、そこまで怒らなくても、ねえ?

というか、それ以前にわたしとあなたのやりとりは、病室内どころかブログという形で電子の海に垂れ流されているんですがね。。。知られたら首を絞められるな。

そんなわけで看護師さんにごめんなさいと謝り、ママン陛下には部下からの忠言として「わたしには何を言っても良いけど看護師さんに言っちゃダメでしょ」と怒った。そしたらママン陛下は「ふん、悪かったですね」とスネた。

弱っているときはしおらしいものだったが、元気になればいつもの勝ち気というか気の強いところが出てくる。うーむ。もうちょっとマイルドにならんもんかな。

担当医曰く「お薬の影響で精神がアンバランスなので、ふんふんと聞き流してあげてください」とのことだ。アンバランスね。昔の元気だったころと変わらんような気がするが。

虚勢が張れる程度には元気になった。そう解釈しておこう。
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by netnetnet_78 | 2008-02-12 21:26 | 看病日記
2008年 02月 10日

風邪ひいた

雪が降るほどに寒かったためか、うっかり風邪を引いてしまった。わたしの風邪は咳よりも喉と鼻にくる。あーうーシンドい。

今シーズン2度目の風邪にビックリである。わたしはここ数年風邪を引いたことがなかった。それ以前に引いても1度だけだった。うーむ。やはりママンがいないと体調管理が難しいのかしらん。

微妙にシンドくても病院にいくことにした。ママンにうつしたら大変なのでマスクを着用する。

今日のママンは昨日よりも元気だった。1日ごとに元気になっていく。倒れる直前よりは弱っているのだが、近い状態といっていいだろう。打ちまくっていた点滴の数も激減して、だいぶ調子が良さそうだ。

気管に入ったら肺炎になるかもしれないからダメ! といわれていた水やお茶も解禁されていた。食事は摂れなくても、水が飲めるだけでもだいぶマシである。

わりと元気そうだと、つい甘えてしまいたくなる。風邪で体調が悪かったので、いってみた。「風邪を引いているので、明日シンドかったら来なくてもいいかな」

ママンは哀しそうな顔でこちらを見ている。
ママンは哀しそうな顔でこちらを見ている。
ママンは哀しそうな顔でこちらを見ている。

OK。
明日もきましょう。

というわけで、カッコントウを飲んで養生しているのだが、この薬はきくんだろうか。漢方ってあたりに神秘的な力を感じてみたんだが。普通にカプセル錠のほうがいいのかもしれん。

体温を測ると37.2度。
頭がくらくらすらぁ。別に動けないほどではないが、微妙に頭がイタイぜ。こんちくしょう。とりあえず今日はもう寝よう。
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by netnetnet_78 | 2008-02-10 21:10 | 看病日記
2008年 02月 08日

至高のピザ

リアルでわたしをよく知っている人は「わたしがグルメであるか」と訊けば「グルメ」に投票してくれるだろう。金や手間を惜しまずにオイシイ店を探す。おいしい料理にはそれだけの価値がある。

ママンをお見舞いしている間にも腹は減る。腹が減ったら食事をする。これ自然の摂理。病院の食堂はヒドいので、周辺の店を徐々に探索している。

そして。その店を見つけたんだな。

そこはイタリア料理屋。店に入った瞬間、驚いたね。小さな店なのにちゃんと窯があるんですよ。窯。おいしいピザを焼くには必須ですな。出された水もキンキンに冷えてるの。

水がおいしい店は当たり率がかなり高い。それは、そんなところにも手を抜かないということ。本気で料理を作る店は一杯の水すら手を抜かないのだ。

期待はまったく裏切られない。注文した前菜とパスタの味付けは「本物のイタリアン」である。スパゲティやピザはそこら中で食べられるが「本物」を出してくる店はそうないんだね。なんつーんだろ。味の深さやコクが違う。

わたしが生涯食べたパスタで1番はやれないが、ベスト3くらいにいれてもいい完成度。ふーむ。こんな場所にこんな店があるとは。正直驚いた。感心した。

で。次の日。今度はピザ・セットを頼んでみた。
だってさー、目の前の窯でガンガンピザやいてんだもん。あれ反則だって。そんな本格派のピザ食べたくて仕方がないじゃん。つーか、それランチに出すってのがすごい。

ピザなんてパンみたいなものだから片手で食べられる。なので、わたしは本を読みながら食べるつもりだった。左手で本を開き、右手でピザをつかむ。イッツパーフェクト。食欲と読書欲を同時に満たす最強最高の布陣。

ページを繰りつつ、一口食べる。

もう何というか。2つのことを同時にした。本を急いで閉じた。ながら食いをしようとした不覚悟を心で店主にわびた。

こ れ は や ば い !

ガツンとやられたね。一口で。もってかれた。こいつはもう何というか、全身全霊で味あわなければ悔やみ続けるほどの超・絶・美・味!

もっちりとした生地の食感が歯の間でリズミカルに踊る。広がる甘みは三重奏。口中に広がるパンの包容力のある甘みをベースに、トマトとチーズの個性的な味が旋律を上乗せする。完全なるハーモニー。口一杯の甘味をごくりと飲むと、黒い苦味がさっとのどを走り抜ける。窯で焼くことによって生じた「こげあと」。調味料ではない調味料がすべての味を引き締め、完成度を爆発的に高める。

嗚呼。これはうますぎる。何だよこれは。瞬間ママンのことを忘れたね。瞳を閉じて全細胞を集中して味わいつくす。頭のなかは「うまいうまいうまいうまいうまいうまいうまい」で一杯だった。いやマジで。

こらおまえの死に掛けたママンを忘れるってどういうことだこら毎日毎日ママンママンって書いていたのは何なんだ。とツッコまれるかもしれない。だが、あえていおう。それとこれとは別なのだ。というかママンが悪いのだ。

わが家というかママンも味にはうるさい人である。わたしはその人の下で育ったので、味覚に関してうるさくなってしまった。うるさい、ということは、おいしいものに関しては文句なく誉める。そういうことだ。ママンの教育だから仕方がない。

最初はひとりでピザなんて喰えないんじゃね? と思っていたら、あっという間に殲滅。ただただ白いお皿だけが後に残った。

本気でうまかった。どれくらいうまかったか。わたしは昼食後、近所の喫茶店にいって時間をつぶす。移動中も口を通過した食感と味を忘れられずに何度も思い出し、到着してオーダーした紅茶が届いても、手をつけずにぼんやりと味を反芻していた。

完全に骨抜きである。

わたしはそれほどピザを食べたことはない。それでも断言しよう。このピザはウマい。圧倒的に。桁違いに。なぜなら、わたしが食べてきたすべての料理で、絶対に覚えておきたいリストに入ったからだ。グルメのわたしが。美食家のわたしが。

ママンが大変な状況下で、わたし自身も心が落ち込む毎日である。その毎日を、たったひとつの料理で幸せにできる。喰っている間はすべてを忘れさせる。だから熟練の料理人ってマジですごいと思うのよ。

明日からまた休日である。ふふ。またあそこで昼食を食べられる。見舞いが楽しみというのは不謹慎だが、楽しみができたのは事実である。

と今日はライトに書いてライトに締めくくる。
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by netnetnet_78 | 2008-02-08 23:55 | 看病日記
2008年 02月 06日

死と向き合う

病室を訪れた。すでに夜。窓ガラスにママンの顔が映っていた。疲労の色は濃くても眼はしっかりと開いている。意識は完全に戻っているようだ。

横に座って話し掛けた。最初は億劫そうに黙っていたママン。弱々しい声をしぼりながらゆっくりとしゃべる。「もう長くないわ」。ママンには数日間の記憶がない。そして衰えた体力。その台詞が悲観的だと責められるはずがない。

ママンがある種の覚悟をしているのなら、わたしも伝えなければならない言葉がある。わたしは手を握り伝えた。「その前に伝えるよ。今までありがとう。感謝している。あなたの子供でよかった」。

それから自分のいたらなさを詫び、何もできなかった無力さを詫び、幸せにできなかったことを詫びた。ママンは「そんなことないよそんなことないよ」と泣きながら応じた。涙腺からしずくが溢れ、横になったママンの顔を流れていく。

泣く。涙を流す。それは言葉が届いたということ。それは想いが届いたということ。少なくとも、わたしが望んだたったひとつの願いだけは通じた。この想い出がママンの心に咲いた最後の花ならば、それを天国まで持っていって欲しい。

本当に何もしてやれなかった。不安だったから定期検診にいくようにとうながしたが連れて行ってやれなかった。温泉旅行にでも連れて行ってやりたかったがそれも実行できなかった。いつかいつかと思っているうちに砂時計の砂はなくなりかけていた。

ママンはひとり残されるわたしの身を心配した。「冬でも夏服を着ているような子だから心配だ」。すまないね。冬物夏物を入れ替える習慣がまだできていないんだ。次のシーズンはうまくできるように頑張るよ。

「何かあったら叔父さんを頼るんだよ。あの人しかいないんだから」ママンは近所の叔父さんの話をした。「叔父さんに。叔父さんによろしくいっておいて」

その言葉で、ママンは再び泣いた。

さっきの涙はわたしの言葉に対する喜びの涙だった。今度は違う。つらい自分の境遇に打ちひしがれる哀しみの涙だった。表情がそれを物語っている。

よろしく。それはサヨナラという意味。ママンはその言葉で、自分の「死」。その未来を正視してしまった。死ぬ。死ぬ。死んでしまう。この世から消え去る。その恐怖にママンは呑み込まれた。ああ、死ぬんだ。

母と子だけがいる部屋に、押し殺した嗚咽が響く。哀しみが部屋の空気に染み込む。

わたしは頭を撫でながら訊いた。「こわい?」。
ママンは泣きながらうなずいた。「こわい」。

死と向き合う。それは意識を取り戻したママンがしなければならないこと。自分が死ぬ。それは誰もが持つ漠然とした感覚。それが急激に現実性をもって自分に迫る。

その恐怖はどれほどのものか。視界の閉ざされた暗闇のなかで、ぽっかりと開いた落とし穴を恐れながら歩むようなものなのか。その穴に落ちるのは今日なのか明日なのか一週間後なのか一ヶ月後なのか三ヶ月後なのか。死の足音はどれほど恐ろしいものなのか。

死を意識したママンは泣きながらいった。「兄弟に、兄弟に知らせなくていいのかな」。わたしは伝えた。ママンが意識を失っている間に来てもらったと。

ママンは答えた。「ならいい。知らせてくれたんならもういい」「意識が戻ったと伝えようか」「いい。別にいい」。

またママンの遠慮がでた。そこは「いい」じゃない。断じて「いい」じゃない。わたしは引かない。引いてはならない。絶対に引いてやるものか。

肩をつかんでいった。「会いたいんだろう。兄弟のことを気にしたのは会いたいからじゃないのか。最後になるかもしれないんだ。ここで会わなければ必ず後悔する。兄弟たちも後悔する。みんないっていた。話したいと。意識があるうちに呼んで欲しかったと。会いたいといえば必ずきてくれる。だから遠慮しちゃいけない」

最終的にママンは「お願い」といった。死という恐怖。その孤独感。以前、兄弟に連絡はしなくていいといったママン。死は人の心を裸にする。そのママンが寂しさに涙を流した。三連休にきてもらうように調整した。兄弟たちならママンの心の隙間を埋めてくれるだろうか。

落ち着いたママンは「もう寝るから」といった。わたしは病室を出る。ひとり残されたママンは沈黙の世界で死の恐怖と向き合う。

ママンの心が折れないように、わたしには寄り添うだけしかできない。ならば、なるべく寄り添おう。ママンがわたしに費やしてくれた時間には遠く及ばないけれども。
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by netnetnet_78 | 2008-02-06 23:05 | 看病日記