2008年 05月 13日

お坊さん

ママンの葬儀でお経を読んだのは知り合いのお坊さんである。

お坊さんにはお坊さんの縄張りのようなものがあるらしく、関係のあるお坊さんがいるなら、そちらに葬儀を頼まないとあとでややこしいことになるらしい。

ママンははっきりいって「死んだら終わり派」なのだけど、母の母、すなわち祖母は信心深い人だった。その祖母が月命日はちゃんとやって欲しいと遺言していたため、近所に住むママンが一〇年以上も毎月毎月、お坊さんの応対をしていた。

葬儀屋さんに読経はつきあいのある人にお願いした方がいい、といわれるまで、わたしは誰でもいいやと考えていた。でも知り合いに依頼するとそれはそれで何となく良かったのかな、と思わないでもない。

わたしはママンの数珠をもって葬儀に臨んだ。すると、お坊さんはそれを一目見て「それお母さんの数珠やろ」と見抜いた。すごいね。数珠を覚えているか。こういうのを見ると、ああ、このひとはママンを知っているなーと感心する。

どうせお経を読んでもらうなら、生前のママンを知らない人よりも知っていた人のほうがいいと思いませんか?

葬儀が終わった。

「死んだら終わり派」のママンは「死んだら何もしなくていい」といっていた。勢いで葬儀はしてしまったのだけど、それ以外の法要はもういいのかな? と思っていたので「以降は考えていないんですよ」とお坊さんにいった。

お坊さんに「ダメだよ! 49日の法要はしないと!」と怒られた。

しじゅう。。。くにち?
たまに聞くな。なぜ49日は大切なのか? 教えてグーグル先生!

「死ぬと人の魂は世の中をさまよい続け、いずれ閻魔の裁きを受けて極楽か地獄を決定する。その日が死んでから49日目」なのだそうだ。納骨をするなら、一般的にはここが区切りになるらしい。

本当は7日おきに二七日、三七日、四七日、五七日、六七日と法要をおこない、7X7の49日を迎えるそうだ。忙しい現代社会で毎週やっていると大変なので、49日以外は省くのが通例らしい。そのたびにお布施を払うのも大変だしな。。。

ふーん。長いものに巻かれよう。「49日はやりますかね」と連絡を入れた。すると、お坊さんから逆提案がきた。

「君さえよければ、二七日から六七日までやらせてくれないか。お布施はいらない。49日も含めていらない。君のお母さんには若いころから世話になった。わたし個人として弔ってあげたいんだ」

なかなか熱い提案である。

ロハでやらせてくれとまでいわれて断るのも失礼なのでOKした。わたしはわたしで日曜日は家にいないといけないので大変なんだけど。。。タダでいいから弔わせてくれ! とまでいわれたらねー。さすがに全部タダだと悪いので、49日くらいはお布施をおさめようとは思うが。

ただ、お坊さんが「ママンは信心深い人」と思っている部分が気になる。ママンは信心深い人なんだけど、子供に負担を掛けさせないために断腸の想いで、法事は不要といった、と思っているようなんだが。。。

うーむ。

ママンは日ごろから「死んだら終わり」といっている完膚なきまでのリアリストである。祖母の月命日も祖母の遺言であり、かつ周囲に親戚がいないからやっていただけなんだが。。。

お坊さんから「君のお母さんは信心深い人だったよ」といわれても「そうですかねー、そうかもしれませんねー、エヘヘ」としか答えられなかった。お坊さんがそう思っているのに、水を差すのもねえ。。。行動だけみれば、確かに信心深い。

ママンの想いがどのあたりにあったのか。今となっては知りようがない。

いずれにせよ、このお坊さんはママンをよく知っていて、お世話になったからママンを弔ってあげたいと想ってくれている。そういうのは、ありがたい限りである。そんなわけで、週おきの法要はちと大変ではあるが、わたしも頑張ってみようと思う。
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by netnetnet_78 | 2008-05-13 00:05 | 看病日記


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