2008年 02月 06日

死と向き合う

病室を訪れた。すでに夜。窓ガラスにママンの顔が映っていた。疲労の色は濃くても眼はしっかりと開いている。意識は完全に戻っているようだ。

横に座って話し掛けた。最初は億劫そうに黙っていたママン。弱々しい声をしぼりながらゆっくりとしゃべる。「もう長くないわ」。ママンには数日間の記憶がない。そして衰えた体力。その台詞が悲観的だと責められるはずがない。

ママンがある種の覚悟をしているのなら、わたしも伝えなければならない言葉がある。わたしは手を握り伝えた。「その前に伝えるよ。今までありがとう。感謝している。あなたの子供でよかった」。

それから自分のいたらなさを詫び、何もできなかった無力さを詫び、幸せにできなかったことを詫びた。ママンは「そんなことないよそんなことないよ」と泣きながら応じた。涙腺からしずくが溢れ、横になったママンの顔を流れていく。

泣く。涙を流す。それは言葉が届いたということ。それは想いが届いたということ。少なくとも、わたしが望んだたったひとつの願いだけは通じた。この想い出がママンの心に咲いた最後の花ならば、それを天国まで持っていって欲しい。

本当に何もしてやれなかった。不安だったから定期検診にいくようにとうながしたが連れて行ってやれなかった。温泉旅行にでも連れて行ってやりたかったがそれも実行できなかった。いつかいつかと思っているうちに砂時計の砂はなくなりかけていた。

ママンはひとり残されるわたしの身を心配した。「冬でも夏服を着ているような子だから心配だ」。すまないね。冬物夏物を入れ替える習慣がまだできていないんだ。次のシーズンはうまくできるように頑張るよ。

「何かあったら叔父さんを頼るんだよ。あの人しかいないんだから」ママンは近所の叔父さんの話をした。「叔父さんに。叔父さんによろしくいっておいて」

その言葉で、ママンは再び泣いた。

さっきの涙はわたしの言葉に対する喜びの涙だった。今度は違う。つらい自分の境遇に打ちひしがれる哀しみの涙だった。表情がそれを物語っている。

よろしく。それはサヨナラという意味。ママンはその言葉で、自分の「死」。その未来を正視してしまった。死ぬ。死ぬ。死んでしまう。この世から消え去る。その恐怖にママンは呑み込まれた。ああ、死ぬんだ。

母と子だけがいる部屋に、押し殺した嗚咽が響く。哀しみが部屋の空気に染み込む。

わたしは頭を撫でながら訊いた。「こわい?」。
ママンは泣きながらうなずいた。「こわい」。

死と向き合う。それは意識を取り戻したママンがしなければならないこと。自分が死ぬ。それは誰もが持つ漠然とした感覚。それが急激に現実性をもって自分に迫る。

その恐怖はどれほどのものか。視界の閉ざされた暗闇のなかで、ぽっかりと開いた落とし穴を恐れながら歩むようなものなのか。その穴に落ちるのは今日なのか明日なのか一週間後なのか一ヶ月後なのか三ヶ月後なのか。死の足音はどれほど恐ろしいものなのか。

死を意識したママンは泣きながらいった。「兄弟に、兄弟に知らせなくていいのかな」。わたしは伝えた。ママンが意識を失っている間に来てもらったと。

ママンは答えた。「ならいい。知らせてくれたんならもういい」「意識が戻ったと伝えようか」「いい。別にいい」。

またママンの遠慮がでた。そこは「いい」じゃない。断じて「いい」じゃない。わたしは引かない。引いてはならない。絶対に引いてやるものか。

肩をつかんでいった。「会いたいんだろう。兄弟のことを気にしたのは会いたいからじゃないのか。最後になるかもしれないんだ。ここで会わなければ必ず後悔する。兄弟たちも後悔する。みんないっていた。話したいと。意識があるうちに呼んで欲しかったと。会いたいといえば必ずきてくれる。だから遠慮しちゃいけない」

最終的にママンは「お願い」といった。死という恐怖。その孤独感。以前、兄弟に連絡はしなくていいといったママン。死は人の心を裸にする。そのママンが寂しさに涙を流した。三連休にきてもらうように調整した。兄弟たちならママンの心の隙間を埋めてくれるだろうか。

落ち着いたママンは「もう寝るから」といった。わたしは病室を出る。ひとり残されたママンは沈黙の世界で死の恐怖と向き合う。

ママンの心が折れないように、わたしには寄り添うだけしかできない。ならば、なるべく寄り添おう。ママンがわたしに費やしてくれた時間には遠く及ばないけれども。
[PR]

by netnetnet_78 | 2008-02-06 23:05 | 看病日記


<< 至高のピザ      もういいから早く帰り >>