2008年 02月 02日

告知の境界

去年の8月。ママンが進行したガンを告知されたころ。オニミキ家ではある話し合いがおこなわれた。

それはママンの死後の話。たとえば年金解約の通知をどこに持っていくか。たとえば生命保険の申請をどこに持っていくか。など。これから死と戦う人間と死んで欲しくないと祈る人間が「死」を前提として会話をする。沈痛な話し合いだった。

そのなかに死後の連絡と葬式、納骨場所の話もあった。簡素をたっとび、人の、特にわたしの迷惑を嫌がるママンはこういった。「葬式は不要。骨は寺に。親族への通知は葬儀を終えてからでいい」

ママンは3男2女の末っ子。長女が鬼籍に入っているので存命しているのは兄が3名。1人とは家が近所であるため、それなりに行き交いがあるのだが、他の2名とはあまりつきあいはなく、ほとんど弔事でしか出会わない。

近所の叔父には入院時の保証人や、わたしがママンを病院に連れて行けないときの代替要員として動いてもらったため、ママンの状態は知っている。他の二人には知らせていなかった。ママンの意向だから。

そのまま時は流れ、今週の月曜日1月28日が訪れる。「もう助かりません」。主治医の言葉を聞き、わたしはふたつのことを決意した。ママンとの時間を大切にしよう。親戚への通知は本当にこれでいいのかを確認しよう。そのふたつを。

それを聞く以上、ママンには余命宣告をしなければならない。その覚悟を決めた。わたしは水曜日あたりにいうつもりだった。そして「兄たちにはいわなくていいのか」と確認しようと決めていた。

その矢先、ママンは倒れた。

ママンが前後不覚になり、わたしには宿題が残された。ママンの兄へ通告するのかしないのか。通告するなら今か死後か葬儀後か。

兄たちと仲が悪いわけではない。あまり他人に自分の状況を説明したがる人ではなく、他人に迷惑を掛けたくないという人である。おそらくはひっそりと消えたいのだろう。見送る人の数に価値を見出す人でもない。

風変わりな考え方でも、わたしにはママンの考えは読めすぎるほどに読める。伊達にママンとの同居時間イコール年齢ではない。わたしの性格にも似たところが多分にあるので。さらにわたし自身も他の叔父たちとはママン以上に付き合いがないので、ぶっちゃけるとどっちでもいい。

どうするべきか。一日ほど考えて決断した。
通告。近所の叔父さんに連絡をお願いした。

兄弟の立場に立って考えた。幼少期を一緒に過ごした妹の死を葬儀後に聞かされて、どう思うのだろうか。彼らはママンの死に向き合う必要がある。死後ではなく生前に、やがて訪れる未来の予告を知る権利くらいあるはずだ。

連絡を受けて二人の兄が病室を訪れた。彼らは病室のママンを見て絶句した。痩せたママン。点滴を何本も打たれるママン。意識を失ったママン。

彼らの表情に哀しみと寂しさが浮かんだ。めったに会わないだけにママンの容貌の落差の印象はわたし以上だろう。

どんな心境が去来したのか。わたしにはわからない。幼少期のママンを知る人間だけが持つモノクロの世界を、わたしは知らない。

弱々しいママンの姿に心を痛める二人を見て、思った。ああママン。この人たちを呼んでよかったよ。あなたを想ってくれている人たちが他にもいた。

人の死。その予告は聞いた人間の心に穴を開ける。叔父たちも突然あいた大きな穴にとまどい言葉を失っていた。2人に8月からの経緯を説明し「何かありましたら連絡いたします」と伝えた。

叔父たちは今日うがたれた穴を埋め、やがて訪れる未来を受け入れるまでどれくらいの時間を必要とするだろうか。1日? 2日? 3日?

今日でつきそい3日目が終わる。ああママン。わたしの心に開いた大きな大きな穴はまだ埋まりそうにないよ。
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by netnetnet_78 | 2008-02-02 22:58 | 看病日記 | Comments(5)
Commented at 2008-02-02 23:40 x
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Commented at 2008-02-03 00:13 x
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Commented at 2008-02-03 01:15 x
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Commented at 2008-02-03 12:58 x
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Commented by オニミキ at 2008-02-03 22:25 x
>all of you
なかなかねー。どこまで教えるかっちゅーのは
頭が痛い問題ですよね。本人が隠したがりなのもありますし。。。
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