2008年 01月 31日

痛みと想い出のトレードオフ

2時間しか寝ていない。眠いので午後10時に寝た。電話が鳴った。時計を見ると23時30分だった。相変わらず夜になると電話が鳴る。

「オニミキさんですか。お母さんが大声でうなされています。落ち着く様子がありませんので、睡眠薬を使ってよろしいでしょうか」

病院に行く必要はないとのことなので、OKを出して再び眠りについた。

起きてから病院に行った。睡眠薬の効果でこんこんと眠るママン。本人的には落ち着いているようだが、これでは体調が落ち着いても会話ができない。主治医にお願いして睡眠薬を解除してもらった。

そこで夜間担当の看護師が現れ、昨晩の報告をした。曰く「早く早くと廊下まで聞こえる声で叫び、触ると、何かトラウマでもあるんでしょうか、すごく嫌がり、そして、その」と言いよどむ。

「殺してくれと言っていました」

殺してくれ。何とも絶望的な言葉である。寝言にしては剣呑すぎる。何がママンをそこまで駆り立てたのか。何が彼女をそこまで追い詰めるのか。

睡眠薬が解けた。薄目を開けるママン。声を掛けても反応は薄く、少しだけ何かしゃべっても呂律が回らず言葉にならない。その表情のまま、ママンは手を伸ばす。震える手を。腕に突き立てられた点滴のチューブに。

引き継いだ昼担当の看護婦さんが不思議そうな顔で「何かを探しているんですかねー?」という。わたしも意味が分からない。

ママンは「もうへえ、もうへえ」「もうひぬ、もうひぬ」と気の抜けた声で何かを訴える。その言葉と行動が脳内で結びついた。

ママンは「治療はもういい。シンドいから死ぬ」と言いたいのだ。だから、自分の体に薬液を投与する点滴を抜こうとしている。

敗血症の症状にママンの心は折れかけている。ナーバスになり、ほんの少しのストレスで嫌々と大声で嘆く。体中に飛散した炎症による痛みは理性を浸食しているようだった。

わたしはママンの意識が戻り、会話ができることを祈って睡眠薬を止めてもらった。実際はママンに苦痛を与えただけだった。覚醒したママンは苦痛から眉間にしわを寄せ、幼い子供のようにみずからの不幸を言葉にならない言葉で嘆き続けた。これでは彼女を苦しめるだけだった。

ママンの神経過敏は看護師さんにも波及していて、床ずれをなおすためや、痛みを和らげようと触られるだけで「触るな!」と声を荒げる。非協力的な態度に看護師さんも仕事がやりにくそうだった。

そんなわけで、今日は何度か睡眠薬の再投与を打診された。そこが悩み所である。ここ数日は決断の連続だ。

睡眠薬の投与を再開すればママンは痛みを感じず、寝ているので看護師さんも仕事がやりやすい。とはいえ、睡眠薬を投与され続け、知らぬ間に死を迎える。そんなものは許容できない。わたしはママンと時間を共有するためにつきそっている。寝顔を見るためではない。だからエゴを通させてもらった。

「本人がかなりシンドいとき。あるいは体を何度も触る必要があるとき。それ以外はなるべく睡眠薬を使わないでください。わたしがいる間は」

正しいジャッジだったろうか。間違えてはいないだろうか。ママンは寝かせていたほうがいいのではないか。もう少し様子を見なければならない。

看護師さんはいった。「ご家族のかたがいるかどうか、それは患者さんにとって重要です。すごく違うんです」であるなら。わたしの存在を感じ取って欲しい。起きて、その目とその耳で。

寝ているか「やめてくれ」とうめいているママンにも、瞬間的に凪の状態が訪れる。起きているのか判然としないが、薄目が開いている気がしたので、今までの感謝の気持ちを伝えてみた。今までありがとうと。

伝わったのか伝わっていないのか聞こえたのか聞こえていないのか。ママンの反応は乏しくいまいち実感がわかない。ただ涙腺に涙が浮かんでいた。痛みではなく喜びの涙であって欲しい。

ママンが落ち着いているときは優しい言葉や感謝の気持ちを伝えようと思った。「言葉は喋れなくても耳はいつも聞こえています」と看護師さんはいっている。何度も何度も何度も何度も何度も言い続ければ、言葉のひとつくらいは届くだろう。何度も何度も何度も何度も何度も言い続ければ、想いのひとつくらいは届くだろう。

苦痛はあるけれど想い出のある余生と、苦痛も想い出もない余生。わたしは自分が「生きている」と判断できるほうを選択した。でも、本人は痛いの嫌なんだろうなー。
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by netnetnet_78 | 2008-01-31 23:33 | 看病日記 | Comments(7)
Commented at 2008-01-31 23:48 x
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Commented at 2008-02-01 10:58 x
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Commented at 2008-02-01 12:19 x
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Commented at 2008-02-01 18:46 x
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Commented at 2008-02-01 19:59 x
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Commented by オニミキ at 2008-02-01 23:18 x
> All of you
ありがとうございます。何とか心に残るものを
届けたいなーと努力してみます!
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