2007年 08月 25日

ママンが入院した

世の中、いろいろなことが起こる。道は前途洋々にして開けていても、知らぬ間にぽっかりと穴が開いていたり、大きい石が転がっていたりする。それに気づくのは落ちてからか転んだ後。泣いても後悔しても時間が巻き戻ることはない。すばらしき日常は終わり、新しい現実に対処しなければならない。痛みと涙をこらえながら。

ママンが入院した。それも重篤な病で。あまり状態は芳しくない。最悪の事態も想定しなければならない。ずっと実家に住み着いていたので、わたしの年齢とママンと過ごした時間は等しい。母子家庭という環境もあり、憂鬱という言葉では片づけられない気分である。

ママンは7月初旬のころから寝込んでいた。食欲もなかった。わたしはママンに早く病院に行くように言っていたが、それほど重要視はしなかった。ヒドい夏バテ程度に考えていた。ようやくママンが行ったのが8月10日。その日に重い病気であることが判明した。

わたしのお盆休みも8月10日からはじまった。初日に病気が発覚。そこからが長い。病院の予約はいっぱいで検査がはかどらない。詳細な状態がわからない。入院もできない。

「なにやってんだ。重病人なんだぞ! はやく治療しないとなおらねーだろ!」そんな叫びが頭をグルグルと回る。仕事をしていたほうが気がまぎれる。休みがツラいと思ったのははじめてのことだ。何もしていないときは何時間もボンヤリとしていた。

お盆休みの前は「10日間のお盆をフル活用! そして人生の勝者になるwwww」などと実に呑気なものである。お前には見えていない。そうら。明るく楽しい日々の終わりがすっと近づいていることに。

初診から2週間がたち、先日ようやく入院することになった。病院というのは。。。何というか時間がかかるところだね。なにかをするにしても予約をとるのが大変だ。いちいち2日待ち3日待ちとなるので遅々として進まない。ここらへんがどうにかならないかしら。

親が自分よりも先に死ぬのは当然のことだ。逆よりは正しい。しかし。。。こんな展開は予想していなかった。親が死ぬにしても10年は先と思っていたから。いや、それすら欺瞞だ。親が死ぬなんて考えてすらいなかった。まだ助からないと決まったわけじゃないんだけど。「奇跡をあてにせず希望をもてる」程度には見込みがあるんだけど。

わたしが悔やんでも悔やみきれないのは「早期に発見していれば助かる病」だったこと。なおらない病気なら割り切ろう。しかし、なおる病気だけにね。。。

ママン曰く自覚症状が1年ほど前からあったそうだ。さっさと病院に行ってくれよ! と思わずにいられない。それより、なぜ定期検診に行かせていなかったのか。心配だったので「金なら出すからいっといで」とは言っていた。でも、結局いかなかった。定期検診にいっていれば簡単になおったのに。ムリにでも行かせるべきだった。

それに1ヶ月前に寝込んだとき。ここも強引に連れて行くべきだった。今よりは多少マシだったかもしれない。入院直前は本当に弱っていたから。

肉親が死んだとき「こうしていたら」「ああしていたら」と遺族は思うそうだ。なるほど。その気持ちがわかる。まだママンは健在で助かる見込みはあるけど、そのわたしですら後悔にうちひしがれている。

そんなわけで。こんな鬱なエントリを読んでいる人がいるかどうかはわからないけど。家族が定期検診を受けていないなら、受診するように強く勧めたほうがいい。年間数万円で家族の健康が買えるなら安いものだ。

つまらない油断によって落とし穴に落ちてしまった。あまり面白くない現実だけど、手元のカードでなんとか「いいように」歩いていこう。「未来は明るく楽しいものだとお気軽に考えなさい」と言ったのは天野遠子さんだったか。なんとかなるさ。たぶんね。
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by netnetnet_78 | 2007-08-25 21:13 | 雑記


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